小理口よりもバカであれ!!堀江貴文著「属さない勇気」を読んで。




ホリエモンの属さない勇気
酔った勢いで先日ふわっとKindle判を購入してしまった堀江貴文氏の著書「属さない勇気」。

品川駅のゾンビ群を小理口な社畜サラリーマンと切って捨て、小理口最低説を唱えるところから始まる「属さない勇気」ですが、この本はビジネスマンガとなってまして内容はというと、

とあるテレビ局で働く女性ADが、謎のビジネスマン・ホリー(B系ファッション)と出会い、ところどころで闇金ウシジマくんを挟みながら、成長していく物語。

はい。面白そうですね。って、そうじゃなくって、この本を読むと”小理口でマジメに生きていくことがどれだけ危険か”ということをこれでもかと思い知らされる。

そして、働き方改革なんかより、ずっと大切な”生き方改革”とは何か?

これめちゃめちゃ面白いですよ。ホント。

ということで僕が「属さない勇気」を読んだ感想をつらつらと書いていこうと思います。

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信者ならもっと本質をみろよ!ライブ体験を崇める無意味さ

堀江氏というと一部の人たちからは教祖のように崇められているようなイメージを持つ人は少なくないと思います。

っていうか実際そうなんだろうし。。

しかし、この本でホリーは、仏教を引き合いにしてこう語る。

「私そのものをありがたがってもらってもしょうがない」

自身の講演会に来る信者についても「話を聞きたいなら本を読んだ方が安上がり」と切って捨てるのはいかにも堀江氏らしい言い方なんだけど、

「その人の考えの本質は本やメルマガで知るもの」として、信者をここまで突き放す教祖様も珍しく、それだけで痛快なんだけど、それ以上に刺さるのは、ありがたいものをいただけそうなだけのライブ体験はそれほど重要じゃないということ

仏教のことをよく知らず、詳しく知ろうともしないくせに、観音様を見たらとりあえず手を併せるような行為に意味はないですからね。ただの自己満です。

誰かに憧れて、その人を目指すのであればその人に会って満足するよりも、その人の本質を知り、今度はそれを自分のために生かすことを考えることが大事なんだなとしみじみ思いました。

マジメな人間は疑わない?理不尽な借金は踏み倒せばいい

借りたお金は当然返すべきなんですけど、仮に個人で理不尽な借金を背負わされてしまった場合、返済能力を超えてしまっている場合。

「狡猾な人間の言葉を信じたマジメな人間は犯罪にも手を染める」というのはホントそう思う。

狡猾騙し系にガンガンに詰められると結局は、

「わかりました…。全て私の責任ですから、何としてでも返済いたします」

これが果たして正しい選択なのかどうか。

で、本来はマジメ小理口なはずなのに、それとは正反対なことをやってでも借金を返そうとするわけです。

例えば、これが1歳の子どもだった場合、それはもうギャンギャンに泣きわめき、助けを求めるようなところなんだろうけど、小理口マジメ人間はそれもしない。

借金返済を理由にせっせと働き、今のままで返せないことに気がつくと、ある者は会社の金を横領し、ある者は風俗産業へと飛び込んでいく。

なんだかこれってとっても切ない話なんですけど、本来であれば犯罪はもちろん、風俗産業なんかで働きっこないマジメ人間が、背負わされた借金を理由にそういったものに手を染めるのは、詰められすぎて思考が停止しちゃってる状態なんでしょうか?

僕はぜんっぜんマジメじゃないので、こういった人たちの気持ちがまったく理解できないんですが、このことについてホリーは、

「わけのわからない借金なんて踏み倒せば?」

と言っている。

マジか?踏み倒しを推奨してるのか?

と思うかもしれませんが、決してそういうわけではなく「どうしても返せない借金に苦しむ人生を送るのであれば、債務整理をして再起を図ればいい」ということ。

「理由はどうあれ借りたものは返す」

当たり前のようになっているこの文言を鵜呑みにし、そのためには自分はいくら犠牲になっても構わない。

ウシジマくんが狙っているのはこんな危険で異常な考えに陥りがちなマジメ人間なのかもしれない。。


好きなことをやる覚悟があれば、あとは何もいらない

「他の同期よりも早く出世したい!」

「そして30代でマイホームが欲しい!」

まぁ、これって誰でもそう思いますよね。普通は。。

しかし、こういった考えをホリーは”社畜サラリーマン的”と一刀両断。

そして、企業が伝統的に重んじる他人との協調性すら「惰性の遺産」と切って捨てる。

「必要なのは”好きなことをやりたいという覚悟”だけ」

あとは手ぶらでいい。

自分と他人とを比較しながら生きるということは、当然自分も他人と似たような生き方をすることになるんだけれども、それでいてその他人よりも高い評価が欲しい。

この本を読むまで気がつかなかったけど、これって矛盾した考えなわけで、多くの人がこのおかしな考えを基に生活をしているんだなと思うと、なんだか薄気味悪い印象すら受けます。

他人との比較は自分で自分の行動範囲を狭めているのと同じだし、その中でいくら頑張ってみても、所詮は同じ。高い評価なんて受けられっこない。

ホント、目から鱗です。

グリップ力とは何か?掴まれた思考じゃいいものはできない

誰だって褒められたいに決まってる。褒められると気持ちいいし。

スラムダンクのフクちゃんだって「もっとホメてくれ」ってふるふるしてたじゃない。

「よし、今日も褒められるように仕事を頑張るぞ!」

しかし、これには大きな落とし穴があって、ホリー曰く、上司の機嫌を取ったところでいいものは作れない。

上司だけが使う商品・サービスを提供してるんだったらともかく、実際にはそんなことはないので、上司の意見も一意見とする一方、より多くの人の意見を聞き、取り入れた方がいいに決まってるんですよね。そりゃそうだ。

それなのに、必要以上に上司の意見を注視し、そして上司の顔色を伺いながら、仕事を進めてしまう。

これはなぜか?

これは、権力者が下の者を従わせる力 = グリップ力に関係している。

上司に褒められたい、もっと認めてもらいたい。

これこそが「思考をグリップされている状態」

そう、この時、あなたは権力者によって思考をグリップされているのです!

と、ホリーは言ってます。

で、これは確かによくわかるというか、僕自身にも覚えがあって、

誰の手も借りず華麗にやり遂げる →「すごいね♡」と褒めてもらう → 俺の評価上昇

と、僕は上のような流れを想像しながら仕事をした覚えが確かにあります。

ありますよね?僕だけ?

でも、ホリーはこの褒めたがられのボケナスこそ一番の害悪だというのです。

しょんぼり(´-ω-`)

そしてこの褒められたがりで周りが見えない人間こそ簡単に騙されるし利用されると。。

Σ(゚Д゚)ガーン

結果を良いものにしようというところに目が向いているのであれば、この自分だけで抱え込むといった行為は絶対にしない。

こういう時って、自分でもわかってるんですけど、目的がすでに褒められることになっているんですよね。

そして、質が悪いのが「褒められる = 自分の評価をあげること」だと思っている。

で、褒められたいもんだから自分に鞭を打ちながら、ペットのようになって、与えられた仕事をヒンヒン言いながらやる。

しかし、その褒められたいという承認欲求は、すでに思考をグリップされている証拠。現れ。

まぁ、褒められて評価あがるってのは間違ってないと思うんですよ。ホントに。

ただこれってやっぱり勘違いしてしまうというか、やっぱりその褒める上司っていうのも、「結果よりもプロセス」「完了までにどれだけ努力したか?」に目を向けている人だったりして、そういう人って自分の部下がペットになってヒンヒンしてると、それだけで褒めてくれたりするんです。質や速さは二の次にして。

じゃあいいのか?

いや、やっぱり違う。

そんな上司もさらなる権力者によって思考をグリップされているということ。

なんとも間抜けな話です。

ビジネスに感情は不要!嫌な過去は忘れるにかぎる

裏切者はいる。

それが普通だし、人を裏切った奴も報いなんて受けない。

じゃあ、実際に裏切られたときはどうするのか?

ライブドア事件を思い起こさせる章だったんですが、ホリーの答えは単純明快でした。

「過去のことはどうにもならないから忘れる」

いやいや、忘れられないでしょ?昨日の晩御飯じゃあるまいし。

僕なんかは初めそう思ってしまったんですけど、そもそも、ホリーはこの裏切りという行為について、相手が裏切ったという認識を持っていない可能性があると言っています。

そう、初めからそこに強い信頼関係なんてなかったと。

なので、裏切られたと思うこと自体が被害者側のポジショントークでしかなく、傍から見れば、裏切った人間も裏切られた人間もいない。

確かにそうかもしれない…。

いくら相手を信用したころで、こちら側の一方的な思い込みであれば、お互いの間の信頼関係なんてない。

それなら、そんな過去の記憶は消してしまって、新しい人間関係を築く方がいいに決まっているのだ。

僕も三十数年生きてきて”信用していた人に裏切られたと思う経験”はあるんだけど、なんだかホリーの考えに触れてすごく楽になりました。

ありがとうホリー。

プライドなんてクソの役に立たない

「俺にはプライドがある!」

なんて昔はマンガやドラマのセリフで使われていたりして、少年時代の僕は「おお~、かっこいい~」となっていたわけなんですけど、大人になった今、改めて考えてみるとこれって超絶に痛い発言ですよね。

でも、ホリーが言うには愚痴をこぼしながら嫌な会社を辞めないことも、嫌いな上司がいる部署から他部署へ移動することができないことも、これ全部プライドのせい。

プライドがなければサラリーマンをやめてバイトしながら好きなことだってできるし、今の仕事から離れて違うことをすれば成功するかもしれない。

それで、「やっぱ、俺はリーマンのが良かったな」って思うんだったら、待遇は違えどサラリーマンに復帰することなんてたやすい。

それなのにできない。なぜか?

そんなことしてたら、同年代の奴らと比べて出世も遅れるし、繋ぎでバイトしなきゃなんねーし、そしたらなんか恥ずかしいし。。

だから、他にやりたいことを見つけてもできない、やりたくないことに時間を取られすぎて、本当にやりたいことを探すことが出来ない。

そう、やりたいことをやるのに邪魔になるものがプライドなのだ!

プライドを低く保つことで今よりもずっと生きやすくなる人は、僕も含めて沢山いると思います。

他人から批判されて傷つくことだって、所詮は自意識過剰なだけで、自分のことをバカだと自覚していれば、他人に「バカだ」と言われてもそこまで傷つくことはない。

少なくとも批判されたことが原因で、自分のやりたいことをやめてしまうことはないですからね。

プライドを持ったマジメ人間ができないこと、それを出来るのはプライドがないバカなのかもしれないなぁ。

まとめ

ホリーの提唱する働き方改革ならぬ生き方改革に触れ、その後、このAD女子がどうなったのか?

その辺については、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

軽い気持ちで購入した本なんですけど、本当に面白くてためになった。

「属さない勇気」

これからも僕の愛読書になりそうです。

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